「苦しいな、今、実は」

と、

 

ポーンと自分の弱さをさらけ出している人を

目の前で見た時、

私はものすごく

かっこいいなあ

すごいなあ

と感じることが、あります。

 

そして

うらやましいなあ

と思います。

 

みなさんは、いかがですか?

大人になってから、そうそう自分の弱さをさらけ出すって

難しいことなんですよね。

 

誰でかれでも

ふいーんって

泣きついて

甘えてもいけませんし

大人になればなるほど

立場がついてくる人であればえらくなればなるほど

甘えるより

弱音をはさらけだすより

甘えられる側

相談される側

どちらかといえば

強くないといけない側に

たってしまうことの方が多くなります。

 

自分が悩みを相談するより

悩みを相談される方が多くなってきます。大人になると

本当にそっちの方が多くなる。

 

 

そんな私も、

中学生あたりから

高校生あたりになどは

もうピークで

誰にも弱いのを見せるのが嫌な自分でした。

 

20歳を超えたあたりからは

同世代の仲間には

誰にも弱音なんて言わないぞ、という感じでした。

そして、そうでないといけないんだ

とかっちこちでした。

ひねていたんだと、思います。

当時の同級生に再会すると

「ひねくれてたよねーー」とみんなそう言うので

やはりそうだったのでしょう。

 

 

そんな時、

中学の時から友達とまた

頻繁に会うようになり

彼女の不思議なキャラに巻き込まれたのか

この子の前でだけは

少しづつ

自分から、自分の本当の気持ち

しんどいんだ

とか

かなしいんだ

とか

もっと具体的なことなら

好きな人に振られた

とか

ドン引きされた

とか

家のごちゃごちゃとか

いろんなことを

自分からさらけだすことがが

できるようになりました。

 

 

今でも覚えています。

ずっとつっぱていて

つらくても

「全然へいきーー」と笑って

心とは裏腹なことを口にしてる時は

目の前のこの子と一緒にいても

「どこか自分は一人」

という気がぬぐえない。

一緒に遊んでて盛り上がってても

帰り道一人になると

どこかさみしかったのを

覚えてます。

 

でも、

思いきって

自分の苦しいことを

打ち明けてみたことがあったんです。

実は相当勇気がいった

でも、

言ってみた

口に出してみた

 

自分から吐き出してみると

うんと自分の心が楽になる感覚を味わいました。

 

そして

言えなかった時よりもずっと

目の前のこの子のことが大好きになってる自分がいました。

あれ?この子こんなにいい子だったっけ?

 

その時に

彼女は私にいったのは

あんたは、ほんまに強がりやけんねえ」

と。

 

くやしくても

かなしくても

涙のひとつも流せない自分でしたので

そういわれた時は

「ああ、自分はそうだったんだ」と

自分のことを客観的に見られるようになりました。

 

私は、その時

身をもって学習しました。

そして、自分のこと何もわかってなかったんだなあ

と。

 

自分を知るには

コミュニケーションが必要です。

 

あれ?

頑張ってるようで

平気なようで

前向いてるようで

実は、さみしかったんだ

あれ、弱いのを隠していたんだ

と、自分のことを知ったんです。

 

 

だから、私はこの子とたまに会ってご飯食べてる時

どうやら相当

打ち解けているよう、です。

自分ではわからないのですが

近しい人がその様子を見ると

どうやら私が違うらしいのです。

 

 

どこまで弱音をさらけだせるか

というのは

距離感があると、思います。

私は、なかなかそれが難しい人間です。

 

誰でも彼でも

弱音をされだせない

というよりむしろ

出したくない

 

 

母親がそういうタイプなので

私もその気質を受け継いでるのだと思います。

 

 

だからこそ、

なんで私がこの子の前だと

緊張感ゼロで、

なんでもかんでも自分の素を吐き出してしまうのか

 

自分の中に溜まっている負の感情を

掃除機のように吸い取って浄化してくれる作用が

あるこの子は何者か?

 

特別な職業を持って勉強してる人でもなく

2児の母で

特別、素晴らしい子育てしてるような母でもなく

どっちかといえば、「大丈夫なん?それ?」と思うような感じ。

本を読んだり勉強したり・・・はい、ありません。

飲むの大好き。

もし、この子がうちの医院に面接に来たとしたら

「もう絶対やだね」というタイプです。

 

私がいつもここに書いてるような

「こうなりたい人」の像とはかけ離れているような子。

 

 

でも、私は確かににこの子の前では

弱音をさらけ出してしまい

28年も付き合っていて

たまに会うと

信じられないくらい

自分の心の中身を洗いざらいしゃべりつくしている

んです。

 

 

そして、

今、この子死ぬと私まずいなあ、と思うのです。

本当にたまにしか会わないんだけど、

時々、思い出したように電話したり電話してきたり

しょうもない話をして切るだけなんだけど

何の建設的な内容もなく

本当にしょうもない話なんだけど

いないと困る

生きてくれてないと困る

 

そう、確かに思ってしまうんです。

 

好きとか

嫌いとか

尊敬とか

いろいろ超えて

理屈では表現しつくせないこの感じ。

 

心の中で起こっている

反応ですので

言葉では言い表せないんです。

だって、好きだ嫌いだ

心開いてるとか閉じてるとか

感じるものです。

言葉でどんなに言いこと言っても

通じ合えない時はやっぱりお互いそれを感じとってるんです。

 

コミュニケーションは

理屈じゃない。

言葉でもない。

感じあうもの。お互いが。

 

 

6月18日(水)は

久しぶりの母性型勉強会です。

 

人には、安心して弱音を吐き出せる場

打ち解けることができる場が必要です。

それがあるから、

さあ、またやってやろうと

外に打って出れるのです。

エネルギーチャージできる場、人がいるんです。

 

 

頑張れない時もある

競争がしんどい時もある

負の気持ちに覆われてしまう時もある

先ずはその気持をバキュームのように掃除機のように吸い取って吐き出し

安心感という土壌を浮かび上がらせましょう。

 

 

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その土台があれば

その上にチャレンジや勇気を持ってきても

やっていけるのです。

 

心が不安だと、

何をしても間違った方向に行くのです。

 

 

久しぶりにお目にかかれる方もあり本当に

楽しみです。

■日時:2014年6月18日(水)午後6時半~9時

■場所:高松国際ホテルにて

■会費:3,000円(食事代込み)

■お申込はhttp://boseinomonosashi.com/study/ 

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